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活動報告
大蔵週報 平成19年12月21日(金) 地声寸言『独法は不要か』

 独立行政法人の整理合理化計画の策定が年末に向けて進められて来たが、渡辺行政改革相と関係閣僚との折衝は難行し、このままでは計画策定は年を越さざるをえない様相となって来た。
 独立行政法人は自民党の行革本部が行革の一環としてその創設を主唱したものであって、当時、私は、行革本部の副本部長として、主としてその制度化にかかわっていた。
 当初は、各省の研究機関や国立の博物館、美術館、あるいは国立競技場のような施設を国の行政組織から半民間的な組織に変え、それを独立行政法人というような名称を付することを検討していた。当時は、各省の反対論が極めて強く、とても無理かと思われていたが、その後、官庁的な拘束を離れて、相当程度自由に行動できて、又、それなりの収益を擧げることも可能な制度は、なかなか面白いではないか、メリットもある、というような考え方が抬頭して来て、原則的に受け入れる方向に転じて来た。
 さらに、その対象も、先に述べたような機関や施設ばかりではなく、公庫、公団の類、事業団などの特殊法人、さらには国立病院、療養所、国立大学まで独立行政法人のカテゴリーに入れようというようになった。
 最初、どうも異様の感のあった「独立行政法人」という名称も次第に耳に馴染んで来て、それ程の違和感を覚えないようになって来た。
 国立病院や療養所は私も尻押しをして一つの法人に纏めることとなったが、国立大学は、党の行革本部や文科省がそれぞれの大学を学校法人とすることに固執し、私は全体を一ケの法人にすることを主張したが、結局、それぞれ別の法人とすることで落着した。私が反対したのは、個別の法人にすると大学間の格差が拡大するばかりではなく、人事や経理面でも、それまでの特別会計時代のように融通が利かなくなるデメリットを怖れたからであった。
 それはともかくとして、折角スタートしてやっと定着しかけてきたこの独立行政法人を整理合理化することになったのである。
 どんな制度でも十年やそこらはじっくりと実態を見定め、利不利を検討してからやおら必要なら改革を検討すべきだと思うのに、性急な独立行政法人の整理合理化である。
 行政改革と言えば、すぐ機構の統廃合に定員の削減である。何でも官のやっていることは民に移したらいい、役人は不能率で民間人はよく働らく、政府関係の各種機関の幹部は官の天下りはダメで民間人の登用がいい、といった單純な発想がどこから湧いてくるのだろうか、と思うばかりだが、どうも独立行政法人の整理合理化の方針へは、そういう考え方が根底にあるように思われる。
 渡辺行革相からの要求に対して各省の回答は概ね固く拒否であって、業を煮やした行革相が主要な独法の所管六閣僚と膝詰め談判を始めた。
 行革相は国土交通、厚生労働、農水、経済産業、文部科学及び財務の六閣僚に対し、一〇法人の廃止民営化など四〇法人に関し二七項目を要求したが、合意に至ったのは二法人三項目どまりであった。行革相は再折衝へと意気込んでいるが、溝は深く、決着の行方は見えていないという。
 もっとも、「渡辺行革相の政策調整スタイルは、テレビなどに積極的に出演して世論を味方につけながら官僚機構の壁に挑む姿を演出し、自身の思い描く整理合理化計画を推し進めようとするものだ。」「その手法は、いわば「小泉劇場」をほうふつさせるが」、「今回の改革では、その手法に批判の声も上っている」
 「冬柴国交相は三日の行革相との折衝後、「私を抵抗勢力にしようというのであれば許せない」と述べ、不快感をあらわにした。」
 「四日の若林農相との折衝では、会談を終えた渡辺行革相が記者団に、「(農相は)政治家というよりは役人そのものだった」とばっさり。これを後で聞いた農相は「僕は二十五年間、農水省にいた。熟知したうえで反論したのだ」と憤った。」
 (以上「 」は、十二月七日付、読売新聞)
 故人となったが渡辺美智雄先生は妙に人を説得する話術の持主であったが、同時にかなり挑発的な言辞を弄することもあった。DNAは争えないものだなァと思えるところもあるが、人身攻撃はあまり宜敷くないと町村官房長官から注意があったという。
 それは兎も角、手柄を急ぐあまりの無理押しは禁物であるから、ここはじっくりと対象とされた独立行政法人の業務内容、実績などについてとくと検討の上、結論を出すべきもので、拙速は愚であると思う。
 各省の抵抗のなかには、権限を喪い、OBの天下り先を失うという役所独特の理由があることは当然考えられるが、それは別として、やはり、どうして民ではなく官が関与する必要があるかどうかをよく見極めて、独立行政法人としての存否を決しなければならない。
 時代の推移もある。経済社会の状勢も変る。最初は、国が必要とするのに、民が手を出さない、出せない事業は官営事業としてスタートしたが、次第に民に払い下げ民営となった事例にいくらもある。しかし、同時に外交、防衛、徴税などは当然のことであるが、いつの世になっても国が直接担わなければならない仕事があるし、国が関与する必要がある仕事については、独立行政法人を含めて官が掌握しておいたらいいし、徒らに民に移すことを急ぐべきではない。
 その方針で独立行政法人の存廃も含めた整理合理化を考えて貰いたいと思うが、読者諸賢如何。