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活動報告
大蔵週報 平成17年11月18日(金) 地声寸言『死刑を廃止するか』

 刑法第一九九条「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処する。」
 わが国の刑法は、極悪の犯罪に対して死刑の罰を認めている。かねて、死刑の存否をめぐって議論が分れているし、外国でも死刑を認めていない国もある。学者の議論も随分昔から分れている。
 しかし、わが国では、与論は死刑を認めているものの方が多い。人を殺した者は、自分も死刑の判決によって殺されるという因果応報の観念が殺人を思い留まらせることになっていることは明らかではないか。人を殺しても、懲役にはなっても、決して死刑にされることはないとしたら、やはり、殺人を犯す人は増えるのではないか。
 死刑を否定する人は、いろいろ理由を挙げているが、私は、最大な理由であり、かつ、死刑を肯定する私としても、尤もだと思う理由は、裁判の誤判によって、無実の罪によって死刑を宣告されることを無くさなければならない、ということだと思う。
 確かにそうである。世の中には、それこそ全く身に覚えがないのに犯人に仕立てあげられて有罪とされ、何年も監獄で暮すどころか、死刑を執行されたものがいなくはない。
 およそ人間の為すことは完ぺきに正しいとは言えない。誤りがなしとは言えない。それなるが故に無実の罪に泣く人も皆無ではない。
 しかし、もし假に、死刑を廃止して、どんな極悪非道なことをしても、人を殺しても、自分は絶対に殺されない、生き延びられるということになったとしたら、自分の行動の最後の刃とめを喪って了うのではないか。
 実際、死刑の判決を受けても、何年も執行されないで生き延びている人、いた人もいるようであるが、死刑ではなく、懲役や禁固なら、例え、無期を宣告されても、本人に改悛の情がある時は十年を経過した後、又、有期のものは刑期の三分の一を経過すれば、假釈放され、事なく過ぎれば、それで世間の人並みの生活に戻ることも可能となるのである。
 つまり、死刑とその他の刑との間には、天と地の差があるのである。
 この度、法務大臣に任命された杉浦氏が、就任の際の記者会見に当り、死刑執行の判を押さないと発言し、物議を醸すや、途端に発言を飜したのは、甚だみっともないことだと思うが、これは、多分日頃、死刑廃止論を懐いていた彼の心情が咄嗟に吐露されたのじゃないかと見ていた。発言を訂正したとは言え、本音がつい零れたのではないか。だから、発言を訂正したとは言え、本心は変っていないのだろう。
 私も、死刑の是非については意見が分れるだろうと思う。無実の罪に泣く人は皆無とは言え難い。所詮人間のすることである。しかし、死刑を執行されて了えば、あとで、罪を犯していないことが明らかになった場合でも、死刑を執行されて死んで了った人は生きかえらすことはできないではないか。と反論されれば、正に、その通りであると認めざるをえない。
 にも、拘わらず、やはり、死刑の存在が人間のもし死刑がなかったらありうる殺人の、かなり多くを未然に防止しえているのではないか。
 私自身、生涯に何度か無実の罪を着せられそうになったことがある。その一々を詳しく述べる紙数の余裕はないので、極く簡単に記しておく。
 一つは、戦後、ソ連抑留時代に、中支の軍司令部在勤時代の私の行状に疑いを持たれて、四ヶ月間独房に抛り込まれて、調査を受けたことである。
 曰く、官名詐称(主計少佐なのに主計少尉と偽った)、曰く、職名詐称(貨物廠の支廠長なのに軍司令部経理部勤務と偽った)、曰くパルチザン部隊を兵力で鎮圧した(私は、経理部で毎日作戦命令を書いていたに過ぎない)。三つの罪状について連夜、明け方まで取調べを受けた。
 何故、そういう間違いがおきたのか。どうも同じ収容所にいて、割と親しくしていたドイツの将校が共産党員に転向していて、私を中傷したらしいことが後でわかったし、その時は、私に同情したソ連の将校が同じ軍司令部勤務の将校十人余を次々に呼び出して調査をし、私の発言の真実なことが立証されたので、二十三年七月、その収容所からの最後の引揚列車に乗れたのである。真実は必ず露われると信じていたものの、一時は死を覚悟した。
 もう一つは、P3C対潜哨戒機の、いわゆる国産化白紙還元事件である。はしょって書く。
 昭和四十七年、私が大蔵省主計局長の時に、ある日の国防会議(首相官邸会議室)の開催前に、当時の田中総理がこの間亡くなった後藤田官房副長官と私の二人を首相執務室に呼び入れて、そこでいわゆる対潜哨戒機の国産化を白紙還元を決定し、ロッキード社のP3Cの輸入を認められるようにした、これに例の贈賄が絡んでいると言う報道であった。
 新聞の見出しには大きな字で「後藤田、相沢逮捕か」とまで書かれた。経緯は別の機会に詳しく述べたいが、真実は、対潜哨戒機の国産化は全く決定していなかったので、その方針変更などありえないことであった。ただ、国防会議メンバーの諸大臣を待たせている前で書いた覚書きの文章に「対潜哨戒機の国産化問題を白紙とし云々」と記したばかりに誤解を招くこととなった。立会っていた私は、国産化となると一機当りのコストがロッキードP3Cの倍にもなる懼れがあるので、国産化の方針は決定していないのだから、こう書くと国産化の方針が決定していたかの如き誤解を生じるので、この表現は訂正すべきだと主張したが、覚書の草案を書いていた主計局長岡次長の囲りを取り囲んでいた人達が、いや国産化問題を白紙にするので、「国産化を白紙」とするのではないから、まァいいじゃないか。と口々に言い出したので、時間もないし、私も口を噤んだが、後から思えば、それが失敗であった。
 いずれにしても、この覚書を作ったことを初めとして対潜哨戒機に関する問題は、検察、警察も全然問題としないうちにマスコミが先走った例であるが、最初の衆議院選挙への立候補の前だけに、一時は積み上げた票を一挙に失わせる、政治的には殺されるにも等しい打撃を受けた。
 私は、私自身の経験を二例を挙げた。世の中に間違いは山ほどあって、それが罪なくして死刑と宣言されるような悲劇を生ずる懼れがあることは重々承知しているが、又、真実はやはり明らかになることだという確信も多くの人は持っていると思うので、死刑の廃止が犯罪行為の最終的ブレーキとなることに深く思いを致して、死刑は存続すべきではないかと思うが、読者諸賢如何。